吾平地区探索の巻・・・その2

洞窟の次は、吾平山領に行きました。

数年ぶりでした。

ウィキペディアによりますと下記の通りです。

吾平山上陵(あいらのやまのうえのみささぎ、あいらさんりょう)は、ウガヤフキアエズ(天津日高日子波限建鵜草葺不合命)とタマヨリビメ(玉依姫)の陵墓。可愛山陵、高屋山上陵とともに神代三山陵の一つ。明治政府により1874年(明治7年)、鵜戸山を流れる姶良川に開いた岩窟「鵜戸窟」内の2つの塚を「吾平山上陵」(現・鹿児島県鹿屋市吾平町上名)に治定した。現在、宮内庁書陵部が管轄している。ただし、その後の1896年(明治29年)にも「鵜戸陵墓参考地」(鵜戸神宮背後の速日峯山上、現・宮崎県日南市宮浦)を定めている。

紅葉の時期にもう一度来てみよう!

さすがに宮内庁管轄、いつでも、きれいにされています。

この橋を昭和天皇、平成天皇が渡って、お参りしたらしいです。

それにしても狭いですよ。

この中には、いったい何があるのだのろ~か?

まだまだ、つづきますよ。

  

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